このページでは、法律上の雇用契約・労働契約の定義について解説しています。
雇用契約は、民法で規定されている契約です。また、労働契約は、労働契約法で規定されている契約です。
それぞれ学術的には若干の違いがありますが、ほとんど同じ意味の契約です。
ただ、民法でも労働契約法でも、あいまいな内容となっていて、具体的な要件や定義が明確になっていません。
このため、業務委託契約、特に準委任契約である業務委託契約と似ていて、区別がつかない場合があります。
このような事情から、個人事業者やフリーランスとの業務委託契約は、契約内容によっては雇用契約・労働契約とみなされるリスクがあります。
このページでは、こうした態雇用契約・労働契約の定義、業務委託契約との違い、業務委託契約が雇用契約・労働契約とみなされるリスクについて、開業20年・400社以上の取引実績がある管理人が、わかりやすく解説していきます。
このページでわかること
- 雇用契約・労働契約の定義
- 個人事業者・フリーランスとの業務委託契約が雇用契約・労働契約とみなされるリスク
【意味・定義】雇用契約・労働契約とは
【意味・定義】雇用契約とは?
雇用契約は、民法上の概念です。
民法では、雇用契約は、次のように規定されています。
民法第623条(雇用)
雇用は、当事者の一方が相手方に対して労働に従事することを約し、相手方がこれに対してその報酬を与えることを約することによって、その効力を生ずる。
引用元:民法 | e-Gov法令検索
【意味・定義】雇用契約とは?
雇用契約とは、労働者が労働に従事し、使用者が労働に対する報酬を支払う契約をいう。
なお、民法上は、この箇所以外に、雇用契約の具体的な要件や定義が明確になっていません。
【意味・定義】労働契約とは?
労働契約は、労働契約法上の概念です。
労働契約法第2条の定義規定では、労働契約の定義は明記されていません。ただ、労働契約法第6条で、次のような規定があります。
労働契約法第6条(労働契約の成立)
労働契約は、労働者が使用者に使用されて労働し、使用者がこれに対して賃金を支払うことについて、労働者及び使用者が合意することによって成立する。
【意味・定義】労働契約とは?
労働契約とは、労働者が使用者に使用されて労働し、使用者がその労働に対して賃金を支払う契約をいう。
労働契約法での労働契約の定義は、民法上の雇用契約とは若干表現がことなります(特に「使用されて」という部分)。
雇用契約(民法)と労働契約(労働契約法)の違い
雇用契約と労働契約の違いについては、同じであるとする説(同一説)と別であるとする説(峻別説)があります。
峻別説の定義は、次のとおりです。
【意味・定義】峻別説とは?
- 労働契約法の労働契約は、あくまで「使用されて」という表現があるとおり、労働者が使用者の指揮命令下にある、使用従属関係が成り立っている契約である(=指揮命令がある)。
- 民法の雇用契約は、このような使用従属関係にない、労務供給契約も含まれる(=指揮命令がない場合を含む)。
ちなみに、労働契約法は、民法の特別法とされています。
【意味・定義】特別法とは?
特別法とは、ある法律(=一般法)が適用される場合において、特定の条件を満たしたときに、一般法よりも優先的に適用される法律をいう。
このため、峻別説によると、労働契約法(特別法)における労働契約は、民法(一般法)における雇用契約の中に含まれる「『使用従属関係が成り立っている』雇用契約」ということになります。
ポイント
- 雇用契約とは、労働者が労働に従事し、使用者が労働に対する報酬を支払う契約。
- 労働契約とは、労働者が使用者に使用されて労働し、使用者がその労働に対して賃金を支払う契約。
- 雇用契約・労働契約ともに、法律上はあいまいな定義しか規定されていない。
個人事業者・フリーランスとの業務委託契約は雇用契約・労働契約?
特に準委任型の業務委託契約は雇用契約・労働契約と区別がつかない
このように、労働契約や雇用契約の定義は、必ずしも明らかになっていません。
この点は、企業と個人事業者・フリーランスとの業務委託契約の場合に問題となります。
受託者が個人事業者・フリーランスの業務委託契約の中には、実態が労働者との雇用契約・労働契約と変わらない場合があります。
特に、準委任型の業務委託契約の場合は、受託者から提供される作業が、労働者から提供される労働とほとんど同じことがよくあります。
このため、企業と個人事業者・フリーランスとの業務委託契約では、契約内容によっては、業務委託契約ではなく、雇用契約・労働契約とみなされる可能性があります。
なお、準委任契約につきましては、詳しくは、以下のページをご覧ください。
厚生労働省では業務委託契約か雇用契約・労働契約かの判断基準を出している
すでに述べたとおり、法律上は、雇用契約・労働契約の定義は非常に曖昧です。
ただ、過去の判例の積み重ねより、個人事業者・フリーランスとの契約が業務委託契約なのか、または雇用契約・労働契約なのかの基準は、ある程度確立されています。
また、厚生労働省では、こうした過去の判例から、具体的な判断基準をまとめて公表しています。
この基準が、『労働基準法研究会報告』(労働基準法の「労働者」の判断基準について)(昭和60年12月19日)です。
この判断基準は、企業間取引の契約実務では、個人事業者・フリーランスとの契約書を作成する際には、必ず参考にするものです。
この他、労働基準法研究会報告につきましては、詳しくは、次のページをご覧ください。
ポイント
- 業務委託契約が雇用契約・労働契約とみなされないようにするには、『労働基準法研究会報告』(労働基準法の「労働者」の判断基準について)(昭和60年12月19日)に準拠した業務委託契約書を作成する。
労働基準法違反(偽装フリーランス)とならないチェックリスト
チェックリスト=「『労働者性』の判断基準」
このように、個人事業者・フリーランスとの業務委託契約が雇用契約・労働契約とみなされるかどうかは、「『労働者性』の判断基準」(労働基準法研究会報告(労働基準法の「労働者」の判断基準について)昭和60年12月19日)に該当するかどうかによります。
この「『労働者性』の判断基準」をリスト化したチェックリストが、以下のものとなります。
偽装請負(労働基準法違反)とならないチェックリスト
「使用従属性」に関する判断基準のチェックリスト
- 1.受託者が委託者の「指揮監督下の労働」を提供していない
- 1-1.受託者に「仕事の依頼、業務従事の指示等に対する諾否の自由」がある
- 1-2.委託者による「業務遂行上の指揮監督」がない
- 1-2-1.委託者による「業務の内容及び遂行方法に対する指揮命令」がない
- 1-2-2.予定外の業務がない
- 1-3.拘束性がない
- 1-4.代替性がある(受託者による再委託等ができる)
- 2.報酬に労務対償性がある
- 2-1.報酬が「労働の結果による」計算となっている
- 2-2.欠勤した場合であっても「応分の報酬が控除」されない
- 2-3.残業をした場合であっても「通常の報酬とは別の手当が支給」されない
「労働者性」の判断を補強する要素のチェックリスト
- 3.事業者性の有無
- 3-1.受託者が機械・器具の所有している
- 3-2.高額な報酬である
- 3-3.その他
- 3-3-1.受託者が損害賠償責任を負う
- 3-3-2.受託者による独自の商号使用が認められている
- 4.専属性の程度
- 4-1.「他社の業務に従事することが制度上制約」されていない
- 4-2.他社の業務に従事する時間的余裕がある
- 4-3.報酬に固定給部分がない
- 4-4.「業務の配分等により事実上固定給」となっていない
- 4-5.報酬の額が「生計を維持しうる程度のもの」でない
- 5.その他
- 5-1.「採用、委託等の際の選考過程が正規従業員の採用の場合とほとんど同様」ではない
- 5-2.報酬について「給与所得」としては源泉徴収をおこなっていない
- 5-3.労働保険の適用対象としていない
- 5-4.服務規律を適用していない
- 5-5.退職金制度、福利厚生を適用していない
「使用従属性に関する判断基準」→「労働者性の判断を補強する要素」の順に判断される
「『労働者性』の判断基準」は、以下の2つに分かれています。
2つの「労働者性」の判断基準
- 「使用従属性」に関する判断基準
- 「労働者性」の判断を補強する要素
この2点の判断基準ですが、まずは「使用従属性」について判断し、雇用契約・労働契約に該当するかどうかが決定されます。
この際、明らかに雇用契約・労働契約に該当すると判断される場合や、該当しないと判断される場合は、「労働者性」については考慮されることはありません。
そのうえで、「使用従属性」の判断だけでは、雇用契約・労働契約に該当するかどうかの判断ができない場合は、「『労働者性』の判断を補強する要素」も勘案して総合的に判断されることとなります。
つまり、まずは「使用従属性に関する判断基準」で判断して、それでも労働者かそうでないか判断がつかない場合は、「『労働者性』の判断を補強する要素」を勘案して、労働者かどうかを総合的に判断します。
ポイント
- 「使用従属性に関する判断基準」→「労働者性の判断を補強する要素」の順に判断される。
- 「使用従属性に関する判断基準」だけで労働者である、または労働者でないと判断された場合は、「労働者性」については判断されない。
- 「使用従属性に関する判断基準」だけでは判断がつかない場合は、「労働者性の判断を補強する要素」が勘案され、労働者かどうかが総合的に判断される。
業務委託契約が雇用契約・労働契約とみなされるリスク・問題点
「残業代・社会保険料・源泉所得税」のトリプルパンチ
個人事業者・フリーランスとの業務委託契約に労働基準法が適用され、労働契約(偽装フリーランス)とみなされた場合、委託者にとっては以下のリスクがあります。
業務委託契約が雇用契約・労働契約とみなされた場合のリスク
- 報酬・料金・委託料が従業員の残業代と比較して少ない場合は、残業代を請求される。
- 極端に報酬・料金・委託料が少ない場合は、最低賃金以上の給料を請求される。
- 「個人事業者・フリーランス」が業務実施中に事故に遭うと「労災」を主張される。
- 日本年金機構(悪質な場合は国税庁)に社会保険料の負担を求められる。
- 税務調査の際に「給与所得」としての源泉所得税(しかも追徴課税つき)の支払いを求められる。
それぞれ、詳しく見ていきましょう。
偽装フリーランスのリスク1:残業代を請求される
偽装フリーランスのリスクの1つめは、受託者から残業代を請求されることです。
チェックリストの2-3.で示したとおり、そもそもフリーランスとの適法な業務委託契約では、委託者は、残業代を払ってはいけません。
しかし、たとえ委託者が残業代を支払っていなかったとしても、他のチェックポイントに適合していない業務委託契約の場合、その業務委託契約に労働基準法が適用されることがあります。
その結果、適法な業務委託契約ではなく違法な労働契約と判断された場合、実態は労働者であるフリーランスから、残業代を請求されるリスクがあります。
偽装フリーランスのリスク2:最低賃金以上の給料を請求される
偽装フリーランスのリスクの2つめは、受託者から最低賃金以上の「給料」を請求されることです。
チェックリストの3-2.で示したとおり、そもそもフリーランスとの適法な業務委託契約では、委託者の正社員の賃金よりも著しく高額な報酬でなければなりません。
このため、委託者が不当に低い報酬を支払っていた場合、その業務委託契約に労働基準法が適用されることがあります。
労働基準法が適用された場合は、業務委託契約でなく違法な労働契約(偽装フリーランス)と解釈されますので、最低賃金法が適用されます。
その結果、最低賃金を下回る報酬を支払っていた場合は、実態は労働者であるフリーランスから、不足分の「賃金」の支払いを請求されるリスクがあります。
なお、フリーランス・個人事業者との業務委託契約における最低賃金以下の報酬のリスクにつきましては、詳しくは、以下のページをご覧ください。
偽装フリーランスのリスク3:「労災」を主張される
業務実施中や移動中の事故はフリーランス自身が負担する
偽装フリーランスのリスクの3つめは、受託者から「労災」を主張されることです。
チェックリストの5-3.で示したとおり、そもそもフリーランスとの適法な業務委託契約では、フリーランスを労働保険の適用対象としてはいけません。
このため、本来であれば、委託された業務の実施中に事故が発生したり、移動中に交通事故に遭ったりしても、フリーランスは、自身が加入する傷害保険や自動車保険などのにより対応しなければなりません。
甚大な事故が発生すると「手のひら」を返されるリスクがある
しかし、たとえ委託者がフリーランスを労働保険の適用対象としてなかったとしても、他のチェックポイントに適合していない偽装フリーランスの場合、その業務委託契約に労働基準法が適用されることがあります。
その結果、実態は労働者であるフリーランスから、労災を申請されるリスクがあります。
特に甚大な事故が発生した場合は、それまでフリーランスが特に労働契約である旨を主張していなかったとしても、「手のひら」を返して労働契約である旨を主張することも考えられます。
これは、フリーランスが業務の実施や移動に関する保険に加入していない結果、膨大な事故の被害について自己負担になってしまった場合にありえる話です。
偽装フリーランスのリスク4:社会保険料の負担を求められる
企業が負担する社会保険料は直接雇用の労働者のみ
偽装フリーランスのリスクの4つめは、日本年金機構や国税庁から過去に遡って社会保険料の負担を求められることです。
一般的な事業会社であれば、労働者についての次の社会保険料を負担しています。
企業負担がある社会保険料
- 健康保険
- 介護保険
- 厚生年金保険
- 雇用保険
- 労災保険
他方で、適法なフリーランスの場合は、社会保険料は、原則としてすべてフリーランスの自己負担となります。
フリーランスが労働者扱いになると社会保険料の負担を求められる
このため、チェックリストの5-3.でも示したとおり、そもそもフリーランスとの適法な業務委託契約では、フリーランスを労働保険の適用対象としてはいけません。
しかし、たとえ委託者がフリーランスを労働保険の適用対象としてなかったとしても、他のチェックポイントに適合していない偽装フリーランスの場合、その業務委託契約に労働基準法が適用されることがあります。
その結果、日本年金機構から過去に遡って社会保険料の負担を求められることとなります。
この際、悪質な場合は、日本年金機構ではなく、国税庁による徴収を受けることとなります。
なお、滞納額が高額で悪質な滞納事業所については、国税庁に徴収を委任する仕組みがあります。
偽装フリーランスのリスク5:源泉所得税の支払いを求められる
「報酬」としての源泉徴収はしてもいい
偽装フリーランスのリスクの5つめは、税務署から給与所得の源泉徴収を求められることです。
チェックリストの5-2で示したとおり、委託者は、フリーランスに対して支払う報酬について、「給与所得」としては源泉徴収をおこなってはなりません。
他方で、「報酬」としては、委託者は、むしろ源泉徴収をしなければなりません。
この点から、報酬としての源泉徴収がなされていれば、通常は、税務調査があっても、フリーランスとの契約が適法な業務委託契約なのか偽装フリーランスなのかは、あまり厳しく追求されません。
源泉徴収の必要がない報酬の場合は税務調査で問題となる
問題は、フリーランスとの業務委託契約の報酬が源泉徴収の必要のない場合です。
フリーランスに支払う報酬や料金が源泉徴収の対象になるかどうかは、所得税法において厳密に規定されています(参照:No.2792 源泉徴収が必要な報酬・料金等とは|国税庁)。
これらの対象にならない場合に、たとえ委託者がフリーランスから源泉徴収をしていなかったとしても、他のチェックポイントに適合していない偽装フリーランスであれば、その業務委託契約に労働基準法が適用されることがあります。
こうなると、「給与所得」としての源泉徴収をしていなかったと判断される可能性があります。
ポイント
- 業務委託契約が雇用契約・労働契約とみなされると、残業代・最低賃金の支払い、社会保険料の負担、源泉所得税の追徴課税が求められる。