SES契約において、委託者が受託者に対しスキルシートの提出を求めることは違法でしょうか?
受託者がフリーランスエンジニア・個人事業者の場合は、SES契約の締結前にスキルシートの提出を求めたとしても、違法にはなりません。他方で、受託者が法人の場合、スキルシートの提出を求めると、違法となる可能性があります。

このページでは、SES契約の委託者・受託者の双方向けに、スキルシートの提出の違法性・適法性について解説しています。

SES契約では、主に業務従事者のスキルの把握のために、委託者から受託者に対し、スキルシートの提出を求めることがあります。

このスキルシートの提出ですが、違法となる場合と適法になる場合の双方があり得ます。

また、違法となる場合は、労働者派遣法違反(いわゆる「偽装請負」)となり、受託者だけでなく委託者の方も違法となります。

このため、SES契約において、スキルシートの提出は、違法とならないよう、慎重に対応する必要があります。

このページでは、こうしたSES契約におけるスキルシートの違法性・適法性について、開業20年・400社以上の取引実績がある管理人が、わかりやすく解説していきます。

このページでわかること
  • 適法なスキルシートの提出のしかた
  • 違法なスキルシートの提出のしかた
  • スキルシートの提出が違法となった場合のリスク




SES契約においてスキルシートの提出が違法なる場合とは?

SES契約において、契約の締結に先立ち、委託者が受託者の業務従事者のスキルを把握するために、その業務従事者のスキルシートの提出を求めることがあります。

このスキルシートの提出ですが、場合によっては違法となる場合があります。

具体的には、以下のとおりです。

SES契約でのスキルシートの提出が違法・適法となる条件
  • 受託者がフリーランス・個人事業者の場合:適法
  • 受託者が法人の場合:(原則として)適法
  • 受託者が法人の場合:(委託者が業務従事者の配置等の決定および変更に関与する場合)違法

それぞれ、詳しく見ていきましょう。





受託者がフリーランス・個人事業者の場合はSESでのスキルシートの提出は適法

フリーランス・個人事業者のスキルシートは事業者としてのスキルの把握であり適法

受託者がフリーランスや個人事業者のエンジニアである場合、SES契約の締結に先立ち、委託者がスキルシートの提出を求めたとしても、特に違法にはならず、適法となります。

この場合、契約当事者であるフリーランスや個人事業者であるエンジニアが、契約当事者そのものとなります。

このため、スキルシートの提出はあくまで「事業者としての能力を判断する材料」の提出となり、仮にこのスキルシートの内容によって契約が破談となったとしても、それ自体は問題とはなりません。

よって、受託者が個人事業者・フリーランスの場合、委託者がスキルシートの提出を求めたり、それによってSES契約の締結・破談を決定したとしても、違法にはなりません。

補足:労働者の採用においてスキルシートの提出を求めても問題ない

なお、これは労働者として採用する過程でも同様であり、労働者個人のスキルを把握するためにスキルシートの提出を求めたとしても、各種労働法には抵触しません。

ただし、スキルシートの提出を含めて、フリーランス・個人事業者であるエンジニアの「採用、委託等の際の選考過程が正規従業員の採用の場合とほとんど同様である」場合は、SES契約ではなく労働契約・雇用契約とみなされる可能性があります。

(3)その他

以上のほか、裁判例においては、①採用、委託等の際の選考過程が正規従業員の採用の場合とほとんど同様であること、②報酬について給与所得としての源泉徴収を行っていること、③労働保険の適用対象としていること、④服務規律を適用していること、⑤退職金制度、福利厚生を適用していること等「使用者」がその者を自らの労働者と認識していると推認される点を、「労働者性」を肯定する判断の補強事由とするものがある。

この他、個人事業者が契約当事者となるSES契約や業務委託契約と労働契約・雇用契約の違い、判断基準、チェックリスト等につきましては、詳しくは、以下のページをご覧ください。

労働者性のチェックリスト―フリーランスと労働者との21の判断基準を解説





受託者が法人の場合はSESでのスキルシートの提出は原則として適法

また、受託者がフリーランスや個人事業者であるエンジニアではなく法人である場合も、委託者が受託者に対し受託者の業務従事者のスキルシートの提出を求めることがあります。

この場合も、直ちに違法になるわけではなく、原則として適法となります。

よって、単に業務従事者のスキルを把握するため、あるいはSES契約の締結の判断材料とするため等の目的で、委託者が受託者に対し業務従事者のスキルシートの提出を求めたとしても、特に問題にはなりません。

ただし、例外として、スキルシートの提出によって、委託者が受託者の業務従事者の配置を決定している場合は、委託者・受託者の双方が違法=労働者派遣法違反(いわゆる偽装請負)となる可能性があります。





偽装請負の判定基準=「37号告示」とは?

労働者派遣事業と「労働者派遣事業でない事業」の区分に関する基準

偽装請負=労働者派遣法違反は、「労働者派遣事業と請負により行われる事業との区分に関する基準」(昭和61年労働省告示第 37 号)によって判断されます。

この基準は、実務上、「37号告示」と省略されて呼ばれています。

その第1条にも、以下のように規定されています。

37号告示第1条

1 この基準は、(途中省略)労働者派遣事業(途中省略)に該当するか否かの判断を的確に行う必要があることに鑑み、労働者派遣事業と請負により行われる事業との区分を明らかにすることを目的とする。

2 (以下省略)

【意味・定義】37号告示とは?

37号告示とは、労働者派遣事業と請負等の労働者派遣契約にもとづく事業との区分を明らかにすることを目的とした厚生労働省のガイドラインである「労働者派遣事業と請負により行われる事業との区分に関する基準(昭和61年労働省告示第37号)」をいう。

37号告示とは?(労働者派遣事業と請負により行われる事業との区分に関する基準 )

このため、企業間取引において、37号告示は、厚生労働省に違法な労働者派遣事業=偽装請負と判断されないように対処する際の、最も重要な基準となります。

受託者の「労働者の配置等の決定及び変更」は受託者自身がおこなう

37号告示第2条第1号では、以下のとおり、労働者の様々な事項に関する管理について、次のとおり規定されています。

37号告示第二条

請負の形式による契約により行う業務に自己の雇用する労働者を従事させることを業として行う事業主であつても、当該事業主が当該業務の処理に関し次の各号のいずれにも該当する場合を除き、労働者派遣事業を行う事業主とする。

一 次のイ、ロ及びハのいずれにも該当することにより自己の雇用する労働者の労働力を自ら直接利用するものであること。

イ 次のいずれにも該当することにより業務の遂行に関する指示その他の管理を自ら行うものであること。

(1)労働者に対する業務の遂行方法に関する指示その他の管理を自ら行うこと。

(2)労働者の業務の遂行に関する評価等に係る指示その他の管理を自ら行うこと。

ロ 次のいずれにも該当することにより労働時間等に関する指示その他の管理を自ら行うものであること。

(1)労働者の始業及び終業の時刻、休憩時間、休日、休暇等に関する指示その他の管理(これらの単なる把握を除く。)を自ら行うこと。

(2)労働者の労働時間を延長する場合又は労働者を休日に労働させる場合における指示その他の管理(これらの場合における労働時間等の単なる把握を除く。)を自ら行うこと。

ハ 次のいずれにも該当することにより企業における秩序の維持、確保等のための指示その他の管理を自ら行うものであること。

(1)労働者の服務上の規律に関する事項についての指示その他の管理を自ら行うこと。

(2)労働者の配置等の決定及び変更を自ら行うこと。

二 (以下省略)

このうち、スキルシートの提出については、その目的によっては、第2条第1号ハ(2)の「労働者の配置等の決定及び変更を自ら行うこと」に抵触します。

ここでいう「労働者」は受託者の労働者であり、「自ら」は受託者のことを意味します。

つまり、受託者の「労働者の配置等の決定及び変更」については、受託者自らがおこなわなければなりません。





受託者が法人の場合でSESでのスキルシートの提出が違法となる条件とは?

委託者が受託者の「労働者の配置等の決定及び変更」をおこなう場合は違法

以上のとおり、37号告示において、労働者派遣法違反にならない条件として、受託者自身による「労働者の配置等の決定及び変更」が求められています。

この点に関連して、スキルシートの提出が適法とされるには、以下の条件があります。

委託者によるスキルシートの提出が違法とならない条件
  • 委託者が受託者に対し個人を特定できるスキルシートを提出させることによって、受託者の個々の労働者を指名したり、受託者の特定の労働者の就業を拒否したりしないこと。

これは、「労働者派遣事業と請負により行われる事業との区分に関する基準」(37 号告示)に関する疑義応答集(第3集)において、以下のとおり明確に記載されいます。

Q7 アジャイル型開発では、開発担当者同士が情報共有や助言、提案を行いながら、個々の開発担当者が自律的に判断して開発業務を進めるため、そのような開発を行うことができる専門的な技術者が必要となりますが、国内ではアジャイル型開発を経験した技術者が少ない等の状況にあるため、開発担当者の技術や技能について、一定の水準を確保することが重要です。そこで、発注者から受注者に対し、開発担当者の技術・技能レベルや経験年数等を記載した「スキルシート」の提出を求めたいのですが、これに何か問題はありますか。
A7 前記A2で述べたとおり、適正な請負等と判断されるためには、受注者が自己の雇用する労働者に対する業務の遂行に関する指示その他の管理を自ら行っていること及び請け負った業務を自己の業務として契約の相手方から独立して処理することが必要であり、そのためには、受注者の労働者の配置等の決定及び変更について受注者自らが行うことが求められます。
そのため、発注者が特定の者を指名して業務に従事させたり、特定の者について就業を拒否したりする場合は、発注者が受注者の労働者の配置等の決定及び変更に関与していると判断されることになり、適正な請負等とは認められません。
他方で、アジャイル型開発において、受注者側の技術力を判断する一環として、発注者が受注者に対し、受注者が雇用する技術者のシステム開発に関する技術・技能レベルと当該技術・技能に係る経験年数等を記載したいわゆる「スキルシート」の提出を求めたとしても、それが個人を特定できるものではなく、発注者がそれによって個々の労働者を指名したり特定の者の就業を拒否したりできるものでなければ、発注者が受注者の労働者の配置等の決定及び変更に関与しているとまではいえないため、「スキルシート」の提出を求めたからといって直ちに偽装請負と判断されるわけではありません。

このように、委託者が単にスキルシートの提出を求めたこと自体は、直ちに偽装請負と判断されるわけではありません。

逆に言えば、スキルシートの提出によって、「発注者が特定の者を指名して業務に従事させたり、特定の者について就業を拒否したりする場合」は、委託者が受託者の「労働者の配置等の決定及び変更」をおこなっていることとなり、適正な請負等とは認められず、偽装請負と判断される可能性が高くなります。

個人を特定できないスキルシートにより受託者の労働者を選別してもいい?

以上のように、疑義応答集第3集では、あくまで「個人を特定できないスキルシートの提出」だけが偽装請負とは判断されない旨の回答となっています。

また、個人を特定できるスキルシートの提出等により、委託者が受託者の労働者の選別をすることは、「適正な請負等とは認められません」との回答となっています。

この点について、委託者が「個人を特定できないスキルシートの提出」により受託者の労働者を選別することが適正な請負等なのか、偽装請負なのか、明記されていません。

しかし、これについては、偽装請負と判断される可能性があります。

スキルシートの提出だけにとどめておく

というのも、回答にもあるとおり、「受注者の労働者の配置等の決定及び変更について受注者自らが行うことが求められます。」

この回答は、すでに述べた37号告示第2条第1号ハ(2)の「労働者の配置等の決定及び変更を自ら行うこと」を意味します。

この記載でも分かるとおり、スキルシートにおいて個人が特定できるかどうが重要なのではなく、受託者の労働者の配置等の決定・変更について受託者自身がおこなうことが重要なのです。

このため、委託者としては、たとえ個人を特定できないスキルシートの提出を求めたとしても、それはスキルの把握だけにとどめ、受託者の労働者の選定には関与しないことです。

ポイント
  • スキルシートは、個人を特定できないものの提出のみであれば、指揮命令・指示には該当しない。
  • スキルシートにもとづき受託者の労働者の指名・選別・選考等をしない。





偽装請負(労働者派遣法違反)のリスクは?

実際に、SES契約が偽装請負と判断された場合は、様々なリスクが発生します。

わかりやすい例としては、受託者の側は、無許可での労働者派遣事業をおこなっていたことになります。

勘違いされがちですが、委託者の側は、偽装請負で何の問題がないわけではなく、派遣先としての義務に違反することになります。

このほか、具体的なリスク・問題点は、次のとおりです。

委託者の偽装請負のリスク・問題点一覧

偽装請負の委託者のリスク・問題点
  • 「派遣先」とみなされる
  • 労働者派遣法違反となる
  • 各種罰則が科される

受託者の偽装請負のリスク・問題点一覧

偽装請負の受託者のリスク・問題点
  • 派遣元=無許可の派遣業者とみなされる
  • 労働者派遣法違反となる
  • 各種罰則が科される

委託者・受託者共通のリスク・問題点一覧

委託者・受託者共通のリスク・問題点
  • 行政指導・行政処分を受ける
  • 労働契約申込みみなし制度
  • 罰則は法人だけでなく個人にも科される
  • 労働者派遣法・適法な業務委託契約にするコストがかかる

これらのリスク・問題点につきましては、詳しくは、次のページをご覧ください。

偽装請負とは?判断基準・違法性・罰則・リスクとその対策は?

ポイント
  • 偽装請負は、受託者はもとより、委託者も労働者派遣法違反となる。





関連情報1:SES契約で業務従事者と面接・面談をすることは違法?

SES契約では、スキルシートの提出と関連して、業務従事者との面接・面談について問題となる場合もあります。

SES契約を締結するにあたって、委託者が受託者の業務従事者・エンジニアと面接・面談をおこなう場合、単に面接・面談をおこなうこと自体は、特に問題とはなりません。

しかしながら、委託者による面接・面談によって、実際に作業をおこなう受託者のエンジニアが指名されたり、選考等がされることとなると、違法となります。

これは、偽装請負の判定基準である37号告示に抵触し、労働者派遣法違反となるからです。

これらのSES契約における業務従事者・エンジニアとの面接・面談の違法性につきましては、詳しくは、以下のページをご覧ください。

SES契約の事前面接・事前面談は偽装請負?違法?禁止?





関連情報2:SES契約で業務従事者を指名することは違法?

SES契約では、スキルシートの提出と関連して、委託者による受託者の業務従事者・エンジニアの指名が問題となる場合もあります。

SES契約を含む業務委託契約では、スキルシートの提出の有無に関係なく、委託者が受託者の業務従事者を指名すると偽装請負・労働者派遣法違反に該当します。

よって、適法なSES契約・業務委託契約では、受託者の作業者は、受託者が自ら指名することにより、業務従事者の労務管理等をしなければなりません。

この他、業務委託契約における業務従事者や作業者の指名の違法性につきましては、詳しくは、以下のページをご覧ください。

作業者の指名は違法?偽装請負?業務委託契約(準委任契約・請負契約)の場合は?