本稿を執筆の時点(2011年9月23日)で、弊所に立て続けに同じような相談がありました。どれも個人事業者の方からの相談で、いわゆる「保証金」の支払いが求められるタイプの業務委託契約書のトラブルについてのものでした。
近年、人件費の削減を目的として、企業が直接雇用から派遣契約や請負契約に切り替える動きが加速しています。このような状態の中で、弊所にも、企業と個人事業者との間のトラブルの相談が増加しています。
業務委託契約はクーリングオフができる場合がある
個人事業者と企業との業務委託契約において、弊所よく寄せられる相談は、いわゆる「保証金」のトラブルについてです。
具体的には、個人事業者である相談者が企業から勧誘を受け、保証金を支払って業務委託契約を結んだところ、実際に業務の委託(仕事の紹介)がないため解約したいが、企業からの保証金の返還がない、というようなものです。
このような相談の場合、弊所では、「クーリングオフをしたらどうですか?」という提案をすることがあります。すると、あまりにも意外な回答のためか、相談者の方はあっけにとられ、反応がなくなることがあります。
というのも、クーリングオフの制度というのは、企業と消費者との間のトラブルから消費者を守るための制度であり、企業間の業務委託契約とは何の関係もない、というイメージ(=誤解)があるからです。
たしかに、クーリングオフは、悪徳業者からの訪問販売や電話勧誘販売(特定商取引法)、投資顧問契約等(金融商品取引法)、ゴルフ会員権販売(ゴルフ場等に係る会員契約の適正化に関する法律)など、消費者が被害者となるケースが多いといえます。
しかしながら、実は、企業間の業務委託契約であっても、個人事業者が当事者の場合は、特定商取引法により、個人事業者の側からクーリングオフすることができることがあります。これは、その業務委託契約が特定商取引法の「業務提供誘引販売取引」である場合です。
特定商取引法の「業務提供誘引販売取引」とは?
業務提供誘引販売取引とは、次の条件をすべて満たした取引をいいます(特定商取引法第51条)。
- 物品の販売または役務の提供(これらのあっせんを含む)の事業であって
- その販売の目的物たる物品またはその提供される役務を利用する業務に従事することにより得られる利益を収受し得ることをもって相手方(=個人事業者)を誘引し
- その者(=個人事業者)と特定負担(その商品の購入若しくはその役務の対価の支払または取引料の提供をいう。)を伴うその商品の販売若しくはそのあっせんまたはその役務の提供若しくはそのあっせんに係る取引(その取引条件の変更を含む。)をするもの
仕事や顧客を紹介するタイプの業務委託契約の場合は、大抵の場合は、1と2に該当します。
となると、業務委託契約が業務提供誘引販売取引に該当するかどうかは、3に該当するかどうか、つまり、「特定負担」が伴うかどうか、という点にあります。
特定負担とは、「その商品の購入若しくはその役務の対価の支払または取引料の提供」とありますので、相当に範囲が広い定義・概念であるといえます。
しかも、ここでいう「取引料」とは、「とは、取引料、登録料、保証金その他いかなる名義をもつてするかを問わず、取引をするに際し、又は取引条件を変更するに際し提供される金品」をいいます(特定商取引法第51条第2項)。
この点について、特定商取引に関する法律・解説|特定商取引法ガイド、つまり消費者庁の解釈によると、「特定負担とは、業務提供誘引販売取引に伴い取引の相手方が負うあらゆる金銭的な負担が該当する。」となっています(第5章 業務提供誘引販売取引p.315)。
つまり、個人事業者に金銭的な負担が伴う業務委託契約は、業務提供誘引販売取引とみなされる可能性が非常に高い、ということです。
ちなみに、消費者庁によると、次のような取引が業務提供誘引販売取引に該当するとのことです(業務提供誘引販売取引|特定商取引法ガイド)。
- 販売されるパソコンとコンピューターソフトを使用して行うホームページ作成の在宅ワーク
- 販売される着物を着用して展示会で接客を行う仕事
- 販売される健康寝具を使用した感想を提供するモニター業務
- 購入したチラシを配布する仕事
- ワープロ研修という役務の提供を受けて修得した技能を利用して行うワープロ入力の在宅ワーク
業務委託契約が業務提供誘引販売取引である場合、個人事業者は、一定の条件のもとで、クーリングオフをすることができます(特定商取引法第58条)。
逆に、企業の側は、様々な規制を受けることになります。特に、法定書面として、特定商取引法に規定する事項がすべて記載された業務委託契約書を交付しなければなりません(特定商取引法第55条)。
このため、個人事業者に特定負担が伴う業務委託契約を締結する場合は、企業の側は、特定商取引法に違反しないように注意しなければなりません。
しかも、雇用契約・労働契約とならないようにしなければなりませんし、場合によっては、下請法の規制に抵触したり、労働者派遣契約に該当する可能性もあります。このため、企業の側としては、個人事業者との契約は、細心の注意が必要となります。