このページでは、業務委託契約の契約条項のうち、旧民法における危険負担の移転の条項について解説しています。

旧民法における危険負担の移転は、原則として債務者主義としつつ例外として債権者主義としていました。

ただ、この債権者主義について、批判的な強く、契約実務の実態に適合していませんでした。

このため、危険負担の移転については、わざわざ契約書に明記する必要がありました(改正後も、危険負担の移転の時期を変えるために規定する場合があります)。

このように債権者主義への批判が強く、また、契約実務の実態にも適合していないため、改正民法において、債権者主義は削除されました。

このページでは、改正前の旧民法における危険負担の移転に関するポイントについて、解説しています。

なお、改正民法における危険負担の移転の時期につきましては、詳しくは以下のページをご覧ください。

【改正民法対応】危険負担の移転の時期とは?規定のしかた・書き方は?




旧民法における危険負担の規定は「債務者主義」

危険負担の考え方は債権者主義と債務者主義

民法における危険負担には、何らかの目的物の引渡しを請求できる債権について、債権者主義と債務者主義の2種類があります。

旧民法では、債権者主義・債務者主義は、次のようになっていました。

旧民法での危険負担の分類
  • 【例外】債権者主義(旧民法第534条、第353条):債権者が危険を負担する制度。債権者は、目的物が滅失・毀損した場合、代金・報酬・料金・委託料を支払う義務がある。
  • 【原則】債務者主義(旧民法第536条):債務者が危険を負担する制度。債務者は、目的物が滅失・既存した場合、代金・報酬・料金・委託料を請求する権利はない。

旧民法では、第534条と第535条で先に例外について規定しつつ、第536条でこれらの以外=原則を規定していました。

業務委託契約でいえば、危険負担は、受託者が何らかの物品・製品・成果物等の目的物を引渡す契約内容の場合に、火災などの後発的な事由でその目的物が滅失してしまったときが該当します。

こうした場合、目的物の引渡しに関する債権者(委託者)がその損害を負担するのが、債権者主義であり、債務者(受託者)が負担するのが債務者主義です。

旧民法の危険負担は契約実務の実態に合っていなかった

旧民法における危険負担の規定は、企業間取引の実態と合っていない部分がありました。

また、契約内容や、契約の目的物によって、誰が危険負担を負うのかが、非常に複雑に規定されていました。

このため、改正民法では、危険負担について、通常の契約実務と同様に、目的物の引渡し前後で委託者から受託者に移転するように改められました。

ポイント
  • 債権者主義とは、物品・製品・成果物の引渡しを請求できる債権者が危険を負担する制度。債権者は、目的物が滅失・毀損した場合、代金・報酬・料金・委託料を支払う義務がある。
  • 債務者主義とは、物品・製品・成果物の引渡しをする義務がある債務者が危険を負担する制度。債務者は、目的物が滅失・既存した場合、代金・報酬・料金・委託料を請求する権利はない。
  • 改正民法により、危険負担の規定は通常の契約実務に近い形で改められた。





【例外】債権者主義は委託者が危険を負担する

売買契約等の危険負担は債権者主義

旧民法第534条では、危険負担について、次のとおり規定しています。

旧民法第534条(債権者の危険負担)

1 特定物に関する物権の設定又は移転を双務契約の目的とした場合において、その物が債務者の責めに帰することができない事由によって滅失し、又は損傷したときは、その滅失又は損傷は、債権者の負担に帰する。

2 不特定物に関する契約については、第401条第2項の規定によりその物が確定した時から、前項の規定を適用する。

本条が適用される業務委託契約の場合、「債権者の負担」とあるとおり、その危険は、債権者(委託者)の負担となります。

ここでいう「特定物に関する物権の設定又は移転を双務契約」とは、一般的には売買契約などが該当します。

特定物=債権者主義・不特定物=債務者主義

【意味・定義】特定物・不特定物とは?

特定物・不特定物とは、次のとおりです。

【意味・定義】特定物・不特定物とは?
  • 特定物とは、契約当事者が、その個性・固有性について着目した特定の有体物をいう。
  • 不特定物とは、契約当事者が、その個性・固有性ではなく、単に種類・性質・型番などに着目した有体物をいう。

不特定物は実質的には債務者主義

旧民法第534条では、第1項で、特定物に関する契約を債権者主義としています

他方、第2項で、不特定物に関する契約については、「第401条第2項の規定によりその物が確定した時から」第1項を適用する内容となっています。

民法第401条(種類債権)

1 債権の目的物を種類のみで指定した場合において、法律行為の性質又は当事者の意思によってその品質を定めることができないときは、債務者は、中等の品質を有する物を給付しなければならない。

2 前項の場合において、債務者が物の給付をするのに必要な行為を完了し、又は債権者の同意を得てその給付すべき物を指定したときは、以後その物を債権の目的物とする。

ここでいう「債務者が者の給付をするのに必要な行為」とは、必ずしも明確な基準があるわけではありません。

ただ、例えば、売買契約において、債権者(委託者)の住所に目的物を納入する場合は、実際に納入することが「必要な行為」を完了したことになります(大審院判決大正8年12月25日)。

つまり、不特定物の取引に関する売買型の業務委託契約では、危険負担は、実質的には、債権者(委託者)が危険を負担する、債務者主義(民法第536条)といえます。

危険負担は受託者の責任によらない場合のみ

特定物の契約に関しては、民法第534条第1項に「その物が債務者の責めに帰することができない事由によって滅失し、又は損傷したとき」とあります。

つまり、危険負担が問題となるのは、あくまで、債務者(受託者)の責任によらずに、後発的な事由=危険が発生した場合だけです。

逆にいえば、特定物の契約に関しては、次の2パターンで問題となります。

危険負担が発生する2パターン
  • 債権者(委託者)・債務者(受託者)のいずれの責任にもよらない事由(例:火災等)によって、目的物が滅失・損壊した場合。
  • 債権者(委託者)の責任による事由によって、目的物が滅失・損壊した場合。

これらの場合は、いずれも債権者(委託者)の責任となります。

なお、債務者(受託者)の責任による目的物の滅失・損壊は、債務不履行=履行不能の問題となります。

契約の実態に合っていない債権者主義

【整理】特定物の契約に関する危険負担・債務不履行の4パターン

特定物の契約に関する危険負担の債権者主義と債務不履行について整理すると、次のとおりです。

債権者主義の危険負担・債務不履行

売買契約等(売買型の業務委託契約)において、後発的事由によって発生した特定物である目的物の滅失・損壊=債務の給付不能に関する危険負担・債務不履行は、委託者・受託者の責任の有無により、次の4パターンに分類される。

責任当事者危険負担・債務不履行
(履行不能)の別
負担当事者
債務者(受託者)債務不履行(履行不能)債務者(受託者)
債権者(委託者)危険負担(債権者主義)債権者(委託者)
債権者(委託者)・債務者(受託者)双方債務不履行(履行不能)債権者(委託者)・債務者(受託者)双方
(過失相殺による)
債権者(委託者)・債務者(受託者)いずれも責任がない危険負担(債権者主義)債権者(委託者)

非常に問題が多い「どちらの責任でもない」場合

ここで問題となるのが、上記の4点目です。

つまり、債権者(委託者)・債務者(受託者)のどちらの責任でもない場合に、果たして、債権者(委託者)に危険負担を負わせてもよいか、という点です。

具体的には、次のような例の場合です。

債権者主義の問題点の具体例
  • ある物品の購入を希望する委託者が、その物品を製造する受託者の工場兼倉庫を視察し、その場で商談が成立し、業務委託契約を取交した。
  • 契約内容は、その物品を1,000個を委託者の倉庫に納入されるものである。
  • 200個は在庫があったので、残りの800個が製造され、まとめて納入される。
  • 理論上は、200個については、特定物の売買契約であり、800個については、請負契約である。
  • 後日、納入がある前に、地震により物品・工場・倉庫とも全壊し、物品の製造ができなくなった。

こうした場合、200個については、特定物の売買契約であるところから、債権者主義となり、委託者(債権者)がその危険を負担することにあります。

つまり、委託者(債権者)は、地震で引渡しがされなくなった200個の物品の代金を支払う義務があります。

業務委託契約では必ず特約で危険負担の移転時期を規定する

この点が、特定物の売買における危険負担で、非常に多くの批判がある点です。

危険負担における債権者主義の問題点

民法の規定どおりでは、特定物に関する売買型の業務委託契約の場合において、委託者・受託者のどちらの責任でもない危険が発生したときは、委託者は、自分の手元にない特定物の危険についても、負担しなければならない。

こうした事情があるため、一般的な売買契約・取引基本契約・売買型の業務委託契約では、民法の規定とは別に、危険負担の移転の時期を規定します。

なお、800個の方は、請負契約であるため、危険負担は債務者主義となり、委託者は、報酬・料金・委託料を支払う義務がありません。

【補足】旧民法第535条について

停止条件付双務契約の危険負担とは?

なお、一定の前提条件(停止条件)がある契約の危険負担については、民法では、次のとおり規定されています。

民法第535条(停止条件付双務契約における危険負担)

1 前条の規定は、停止条件付双務契約の目的物が条件の成否が未定である間に滅失した場合には、適用しない。

2 停止条件付双務契約の目的物が債務者の責めに帰することができない事由によって損傷したときは、その損傷は、債権者の負担に帰する。

3 停止条件付双務契約の目的物が債務者の責めに帰すべき事由によって損傷した場合において、条件が成就したときは、債権者は、その選択に従い、契約の履行の請求又は解除権の行使をすることができる。この場合においては、損害賠償の請求を妨げない。

第1項は、ある前提条件が成立した場合に目的物の売買等がなされる契約において、その条件が満たされる前に目的物が滅失したときは、危険負担の問題とはなりません。この場合は、その目的物の損害は、債務者が負担することになります。

第2項は、目的物が、第1項のような滅失ではなく、損傷した場合は、その危険負担は債権者が負う、ということです。第3項は、債務者の責任で目的物が損傷した場合に、条件が成就したときは、債権者は、契約履行+損害賠償請求か、契約解除+損害賠償請求のいずれかを選択できる、ということです。

停止条件付双務契約の危険負担の具体例

企業間取引としては、具体的には、次のような設例が考えられます。

停止条件付双務契約の危険負担の具体例
  • 銀行の融資が決定した場合(停止条件)に、ある中古車の売買が成立する契約を締結した。
  • 【第1項】銀行の融資の審査の途中で中古車が第三者による放火で滅失した場合は、債務者(売主)がその損害を負担する。
  • 【第2項】地震によって中古車の車体の一部にキズ・ヘコみ=損傷ができた場合は、債権者(買主)がその損害を負担する。
  • 【第3項】債務者(売主)の運転による事故で中古車が一部壊れた場合は、債権者(買主)は、買取り+損害賠償請求か契約解除+損害賠償性キュのどちらかを選べる。

特に、第2項については、滅失と損傷によって、債務者(売主)と債権者(買主)の責任が真逆になっています。

このように、滅失と損傷によって結論がことなる点については、多くの学者が批判している点です。

ポイント
  • 特定物とは、契約当事者が、その個性・固有性について着目した特定の有体物をいう。
  • 不特定物とは、契約当事者が、その個性・固有性ではなく、単に種類・性質・型番などに着目した有体物をいう。
  • 特定物の売買契約等の危険負担は、原則として債権者主義。
  • 原則として、特定物の危険負担は債権者主義、不特定物の危険負担は債務者主義。
  • 債務者の責任による場合は、危険負担ではなく債務不履行=履行不能の問題。





【原則】債務者主義は受託者が危険を負担する

請負契約等の危険負担は債務者主義

さて、今まで解説した民法第534条と第535条は、目的物が特定物であり、契約内容が「物権の設定又は移転」である場合が前提であり、こちらはむしろ例外といえます。

これに対し、これらの例外を除いた原則が、次の民法第536条です。

旧民法第536条(債務者の危険負担等)

1 前2条に規定する場合を除き、当事者双方の責めに帰することができない事由によって債務を履行することができなくなったときは、債務者は、反対給付を受ける権利を有しない。

2 債権者の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなったときは、債務者は、反対給付を受ける権利を失わない。この場合において、自己の債務を免れたことによって利益を得たときは、これを債権者に償還しなければならない。

本条が適用される業務委託契約の場合、「債務者の負担」とあるとおり、その危険は、債務者(受託者)の負担となります。

本条は、特に請負型の業務委託契約に適用される規定です。

当事者双方の責任によらない場合は債務者主義

不特定物の契約等に関しては、債務の給付不能について、「当事者双方の責めに帰することができない事由によって」(旧民法第536条第1項)と規定されています。

つまりこれは、第三者の責任や、自然災害等の不可抗力によって発生した給付不能を意味します。

この場合は、「債務者は、反対給付を受ける権利を有しない」、つまり、債務者は、報酬・料金・委託料等を受取る権利はありません。

このため、目的物に発生した損害は、債務者の負担(=債務者主義)となります。

債権者の責任による場合は債権者の負担

また、同様に、債務の給付不能について、「債権者の責めに帰すべき事由によって」(旧民法第536条第2項)と規定されています。

この場合も、危険負担の問題ではありますが、あくまでその原因は、債務者の責任によって発生したものです。

この場合は、「債務者は、反対給付を受ける権利を失わない」、つまり、債務者は、なお報酬・料金・委託料等を受取る権利があります。

この際、「自己の債務を免れたことによって利益を得たとき」、例えば、請負契約の場合において、材料費を受注者の負担としたときは、その利益=材料費は返還しなければなりません。

【整理】不特定物の契約に関する危険負担・債務不履行の4パターン

不特定物の契約に関する危険負担の債権者主義と債務不履行について整理すると、次のとおりです。

債務者主義の危険負担・債務不履行

請負契約等(請負型の業務委託契約)において、後発的事由によって発生した不特定物である目的物の滅失・損壊=債務の給付不能に関する危険負担・債務不履行は、委託者・受託者の責任の有無により、次の4パターンに分類される。

責任当事者危険負担・債務不履行
(履行不能)の別
負担当事者
債務者(受託者)債務不履行(履行不能)債務者(受託者)
債権者(委託者)危険負担(債権者主義)債権者(委託者)
債権者(委託者)・債務者(受託者)双方債務不履行(履行不能)債権者(委託者)・債務者(受託者)双方
(過失相殺による)
債権者(委託者)・債務者(受託者)いずれも責任がない危険負担(債務者主義)債務者(受託者)
ポイント
  • 特定物の売買契約等以外の契約、特に請負契約の危険負担は、原則として債務者主義。
  • 債権者の責任による場合は、債権者主義。
  • 債務者の責任による場合は、危険負担ではなく、債務不履行=履行不能の問題。
  • 債権者・債務者のいずれの責任でもない場合は、債務者主義。





業務委託契約で危険負担の移転を規定する理由

業務委託契約ではわざわざ危険負担の移転について規定する

すでに述べたとおり、一般的な業務委託契約では、危険負担の移転について、規定することが多いです。

契約内容が民法と同様の内容となる場合であっても、わざわざ規定します。これには、いくつかの理由があります。

以下、詳しく解説します。

【理由1】民法の規定とは別の内容とするため

特定物の売買がともなう業務委託契約の場合、委託者(買主)・受託者(売主)の双方に責任がないときは、債権者主義により、委託者(買主)の危険負担とされます(旧民法第534条第1項)。

つまり、委託者(買主)としては、手元に契約の目的物である物品・製品・成果物等がない場合であっても、責任を負うことになります。これは、委託者(買主)にとって、非常に不利な内容です。

こうした内容を修正するために、危険負担の移転の条項を規定します。

【理由2】民法の規定がわかりづらいため

すでに解説したとおり、民法の危険負担の規定は、非常にわかりづらい、という特徴があります。

このため、いざトラブルとなった際、相手方に民法の内容を主張しても、そもそも主張を理解すらしてもらえない可能性があります。

こうした事態を予防するため、契約書には、危険負担について、シンプルにわかりやすく規定します。

こうすることで、トラブルとなった際にも、少なくとも主張を理解してもらえない、ということはなくなります。

【理由3】規定がないことによる相手方の主張を封じるため

また、仮に相手方が民法の内容を理解できたとしても、必ずしもその主張を受け入れるとは限りません。

民法の危険負担の規定は、非常に複雑であるため、相手方と主張・解釈が対立する内容が、いつくもあります。

こうした主張・解釈の対立を防ぐためにも、契約書には、危険負担の移転について規定します。

こうすることで、トラブルとなった際も、相手方が民法にもとづく意図的・恣意的な主張・解釈ができないようにします。

【理由4】業務委託契約の契約形態が明記されていないとトラブルになるため

業務委託契約は定義がない

業務委託契約は、法律上は定義がない契約であり、実態は、約7パターンの契約のいずれかです。

業務委託契約には請負・委任・偽装請負・雇用・売買(譲渡)・寄託・組合の7つの種類がある

こうした契約形態を契約内容として明記していれば、危険負担の移転の条項が契約内容としてなかったとしても、民法のどの危険負担の規定を適用するのか、一応は判断がつきます。

逆にいえば、契約形態について明記されていないと、トラブルの際に、相手方としては、当然自社にとって有利となるような、民法上の危険負担の主張・解釈をしてきます。

契約形態とは?その種類・一覧や書き方・規定のしかたについても解説

売買型と請負型の業務委託契約では適用される危険負担の条項が違う

特に、特定物の売買契約(旧民法第534条)と請負契約(旧民法第536条)では、危険負担について、結論が違ってくる場合があります。

ただ、そもそも売買契約と請負契約の違いは、明確な線引きが難しいものです。

例えば、ある物品・製品が同じものでも、自社で製造しているものを納入する場合(請負契約)と、外注先から調達したものを納入する場合(売買契約)では、外形的には同じでも、契約形態は別物です。

こうした場合、民法上のどの規定が適用されるのかが不明確となり、トラブルとなった場合に、相手方と主張・解釈が対立する可能性があります。

こうした事態が起きないように、業務委託契約書では、危険負担の移転について、明記します。

ポイント

業務委託契約では、以下の4つの理由により、わざわざ危険負担の移転について規定する。

  • 【理由1】民法の規定を修正し、民法とは別の内容とするため。
  • 【理由2】トラブルになった場合に、わかりづらい民法の規定ではなく、わかりやすい業務委託契約の規定で、相手方に主張を理解してもらうため。
  • 【理由3】危険負担の移転の規定がないことによる、相手方の民法にもとづく意図的・恣意的な主張を封じるため。
  • 【理由4】業務委託契約の契約形態が明記されていないと、民法のどの規定を適用するべきかの主張・解釈を巡ってトラブルになるため。