物品・製品・成果物等の目的物の引渡しがともなう業務委託契約では、危険負担の移転の時期を規定します。
ここでいう「危険」とは、後発的事由によって、債務の給付=業務としての物品・製品・成果物等の納入が不能となることを意味します。
こうした後発的な事由による債務の給付不能(特に委託者・受託者双方の責任でないもの)について、いつの時点でどちらが責任を負うべきか、という点を「危険負担の移転」の条項で規定します。
危険負担の移転の時期は、委託者にとっては遅いほうが、受託者にとっては早いほうが有利ですから、利害が対立します。このため、「危険負担の移転」の条項では、妥協点が重要となります。
このページでは、こうした危険負担の移転に関するポイントについて、解説しています。
危険負担条項=業務実施ができない場合の危険の負担を決める条項
目的物に損害が発生した場合の負担に関する規定
危険負担の移転の条項は、物品・製品・成果物等の目的物が引渡される業務委託契約において規定される条項です。
こうした業務委託契約の場合、後発的な事由によって、受託者の債務の給付が不能となることがあります。
例えば、天変地異のような不可抗力や火災などの災害が後発的な事由に該当します。
このような後発的な事由が発生した場合、誰がその給付の不能に関する損害を負担するのか、という点が問題となります。
【意味・定義】危険負担とは?
こうした損害の負担について規定した条項が、「危険負担の移転」の条項です。
【意味・定義】危険負担とは?
危険負担とは、後発的な事由によって、目的物になんらかの損害が生じた場合における損害の負担をいう。
具体的には、まずは受託者が危険を負担したうえで、いずれかの時点で委託者に危険の負担が移転します。
このため、移転の時期(一般的には目的物の納入時か検査合格時)は、非常に重要です。
ポイント
- 危険負担の移転の条項では、物品・製品・成果物等の目的物の納入=業務の実施ができなくなった場合の責任の負担を決める。
- 危険負担は、まずは受託者が負担し、いずれかの時点で委託者に移転する。
危険負担の問題となる4パターンの損害
後発的事由によって損害が発生するのは4パターン
業務委託契約において、後発的事由によって受託者の業務実施の債務(委託者にとっての債権)=目的物に損害が発生するのは次の4パターンです。
(※あくまで、一般的な業務委託契約における内容であり、契約内容によっては、必ずしも同様の内容とはならない場合があります)
後発的事由によって目的物に損害が発生するパターン
- 受託者の責任によって発生する業務内容に関する損害(債務不履行)
- 委託者の責任によって発生する業務内容に関する損害(危険負担)
- 委託者・受託者の双方に責任がある事由によって発生する業務内容に関する損害(債務不履行+過失相殺)
- 委託者・受託者の双方に責任がない事由によって発生する業務内容に関する損害(危険負担・債務不履行・反対給付債務の履行拒絶権の付与)
業務委託契約において、危険負担の移転が問題となるのは、このうちの4点目です。
それぞれ、詳しく見ていきましょう。
1.受託者の責任によって発生する業務内容に関する損害(債務不履行)
受託者自身の責任によって業務内容に関する損害が発生した場合は、危険負担の問題ではありません。
というのも、受託者の責任によって業務の実施=債務の給付が不能となった場合、その債務(委託者にとっての債権)=業務を実施する義務は、委託者にとっての損害賠償請求権(+契約解除権)として、依然として残ります。
このため、受託者の責任による損害については、どちらかといえば債務不履行=履行不能の問題であり、厳密には危険負担の問題とはなりません。
こうした事情があることから、受託者の責任にもとづく危険負担については、業務委託契約では規定しないか、便宜上規定する程度です。
2.委託者の責任によって発生する業務内容に関する損害(危険負担)
委託者の責任によって業務内容に関する損害が発生した場合は、危険負担の問題の問題となります。
委託者の責任によって受託者の業務の実施=債務の給付が不能となった場合、その債務(委託者にとっての債権)=業務を実施する義務は免責されます。
これが、危険負担の問題です。
また、改正民法第536条第2項により、委託者は、反対給付の履行(一般的には業務委託の報酬・料金の支払い)を拒むことはできません。
なお、業務委託契約では、こうした委託者の責任によって発生した損害に関する危険負担は、時期に関係なく委託者の責任とします。
3.委託者・受託者の双方の責任によって発生する業務内容に関する損害(債務不履行+過失相殺)
委託者・受託者の双方に責任がある事由によって業務内容に関する損害が発生した場合、受託者単体の責任の場合と同様に、債務不履行の問題となります。
この場合も、受託者の責任によって業務の実施=債務の給付が不能となった場合、その債務(委託者にとっての債権)=業務を実施する義務は、委託者にとっての損害賠償請求権(+契約解除権)として、依然として残ります。
ただし、受託者単体の責任による損害とは違って、委託者にも責任がありますので、その責任との過失相殺(民法第418条)があります。
このため、受託者も、責任を負うことになります。
4.委託者・受託者の双方に責任がない事由によって発生する業務内容に関する損害(危険負担・債務不履行)
委託者・受託者の双方に責任がない=揉める原因
委託者・受託者の双方に責任がない事由によって業務内容に関する損害が発生した場合、危険負担と債務不履行の問題となります。
こうした委託者・受託者の双方の責任がない事由にもとづく危険負担が、もっとも典型的で重要な危険負担です。
すでに述べたとおり、委託者・受託者のいずれかに責任がある場合、危険負担・債務不履行のいずれかの根拠により、その責任は、責任がある当事者が負うこととなります。
これに対し、どちらにも責任がない場合は、当然ながらどちらも責任を取りたがりませんので、業務委託契約では問題となることがあります。
民法上は物品の引渡し前=受託者、引渡し後=委託者の危険負担
ただし、一般的な業務委託契約の場合、委託者・受託者の双方に責任がない場合は、次のような扱いとなります。
民法上の危険負担
- 業務の実施前=物品の納入前=受託者の負担(民法第536条第1項)
- 業務の実施後=物品の納入後=委託者の負担(民法第567条第1項)
このため、わざわざ業務委託契約に危険負担の規定がなかったとしても、一般的な物品の引渡しが伴うものであれば、民法にもとづく対処も可能です。
改正民法により債務不履行=契約解除も可能
また、改正民法(第541条~第543条)により、債権者による契約解除には、債務者の帰責事由が必要でなくなりました。
このため、危険負担だけでなく、(帰責事由がない)債務者による債務不履行として、債権者は契約解除ができます。
なお、この場合、債権者(委託者)には反対給付債務の履行拒絶権が付与されることとなり、わざわざ契約解除をする必要は必ずしもありません(改正民法第536条第1項)。
【整理】後発的事由による債務の給付不能のまとめ
これらをわかりやすく整理すると、後発的事由によって発生した業務内容に関する債務の給付不能や損害に関する危険負担・債務不履行は、委託者・受託者の責任の有無により、次のとおりです。
責任当事者 | 危険負担・債務不履行 (履行不能)の別 | 負担当事者 |
---|---|---|
受託者 | 受託者の債務不履行(履行不能) | 受託者 |
委託者 | 危険負担 | 委託者 |
委託者・受託者双方 | 受託者の債務不履行(履行不能) | 委託者・受託者双方 (過失相殺による) |
委託者・受託者いずれも責任がない | 危険負担 受託者の債務不履行(履行不能) 委託者の反対給付債務の履行拒絶権の発生 | 業務委託契約の内容次第 危険負担の規定がなければ改正民法第567条により納入前は受託者、納入後は委託者の責任 |
繰り返しになりますが、この4点目の委託者・受託者いずれも責任がない損害が、業務委託契約では問題となります。
ポイント
- 一般的な業務委託契約において、後発的事由によって損害が発生するのは4パターン。このうち、危険負担の問題となるのが2パターンで、債務不履行=履行不能の問題となるのが2パターン。
- 受託者の責任によって発生する損害(債務不履行)=受託者の責任。
- 委託者の責任によって発生する損害(危険負担)=委託者の責任。
- 委託者・受託者の双方に責任がある事由によって発生する損害(債務不履行+過失相殺)=委託者・受託者双方の責任。
- 委託者・受託者の双方に責任がない事由によって発生する損害(危険負担)=納入時までは受託者の責任、納入後は委託者の責任。
危険負担の移転の時期は納入時か検査完了時
危険負担は受託者から委託者に移転する
一般的な業務委託契約では、委託者・受託者の双方に責任がない場合における危険負担は、受託者から委託者に移転するように規定します。
このため、どの時点で移転するのかが重要となります。
この点について、一般的には、納入時か検査完了時とします(後述)。
危険負担の移転の時期は委託者・受託者の利害が対立する
委託者・受託者の双方は、当然のことながら、危険負担=リスクを負うことを避けようとします。
また、繰り返しになりますが、危険負担は、受託者から委託者に移転します。
このため、委託者・受託者は、それぞれ、危険負担について、次のように考えます。
危険負担に関する委託者・受託者の双方の思惑
- 委託者:遅い時期に危険負担が移転したほうがいい。
- 受託者:早い時期に危険負担が移転したほうがいい。
つまり、物品・製品・成果物の引渡しを受ける委託者にとっては、なるべく遅くまで危険負担が移転しないほうが有利といえます。
他方、物品・製品・成果物の引渡しをする受託者にとっては、なるべく早く危険負担が移転したほうが有利です。
このように、危険負担の移転の条項は、委託者・受託者の間で、完全に利害が対立する条項です。
通常は納入時か検査完了時に危険負担が移転する
この点につき、一般的な業務委託契約では、委託者・受託者の双方に責任がない場合における危険負担の移転の時期は、納入時または検査完了時のいずれかとします。
つまり、納入時または検査完了時のいずれかまでは受託者が危険負担の責任を負い、それ以降は委託者が危険負担の責任を負います。
この点について、一般的な業務委託契約では、検査は、納入の後で実施されます。
つまり、危険負担の移転の時期は、より早い納入時のほうが受託者にとっては有利であり、より遅い検査完了時のほうが委託者にとって有利ということです。
危険負担の移転時期の有利・不利
- 受託者:より早い方=納入時のほうが有利
- 委託者:より遅い方=検査完了時のほうが有利
民法の原則では引渡し(納入)の時点で危険負担は移転する
なお、繰り返しになりますが、委託者・受託者双方に責任がない場合における危険負担は、民法第559条によって準用される改正民法第567条により、目的物の引渡しの時点で、引渡す側の受託者から受取る委託者の側に移転します。
【意味・定義】準用とは?
準用とは、ある法律の規定を、必要な修正・変更をしたうえで、類似した別の規定に当てはめることをいう。
このため、危険負担の移転の時期を納入の時期とするのであれば、わざわざ契約内容として規定する必要はありません。
この点につき、すでに述べたとおり、民法の原則どおり、納入時に危険負担が移転する内容とするのであれば、わざわざ契約内容として規定する必要はありません。
検査完了時に危険負担が移転する場合は特約として規定する
他方で、民法の原則とは異なり、検査完了時に危険負担が移転するのであれば、特約として規定する必要があります。
【契約条項の書き方・記載例・具体例】危険負担に関する条項
第○条(危険負担)
1 各契約当事者のいずれの責にも帰すことのできない事由により、第○条の検査完了時前に本件製品に関して生じた一切の損害は、すべて受注者の負担とし、当該検査完了時の後に本件製品に関して生じた損害は発注者の負担とする。
2(以下省略)
(※便宜上、表現は簡略化しています)
業務委託契約書を作成する理由
民法の原則では、目的物の危険負担の移転の時期は引渡しの時期=納入時であることから、納入時以外、特に検査完了時としたい場合は、特約としてその旨を規定した契約書が必要となるから。
理論上は他の時期に危険負担を移転させることができる
危険負担の移転時期を物品・製品・成果物の完成時にすることもできる
なお、この他の時期であっても、理論上は、危険負担を移転させることはできます。
例えば、受託者にとって最も有利なのは、物品・製品・成果物が完成した時点で、委託者に危険負担を移転させる規定です。
ただ、こうした規定では、受託者の倉庫にある、出荷前の物品・製品・成果物に関する損害まで、委託者が負担しなければなりません。
こうした、あまりにも受託者にとって有利な契約内容は、一般的な業務委託契約で規定しません。
危険負担の移転時期を報酬・料金・委託料の支払完了時とすることもできる
これとは逆に、委託者にとって最も有利なのは、報酬・料金・委託料の支払いを完了した時点で、委託者に危険負担を移転させる規定です。
言いかえれば、報酬・料金・委託料の支払いを完了するまでは、報酬・料金・委託料に発生した損害について、委託者は責任を負担しない、ということです。
ただ、こうした規定では、すでに納入や検査まで終わり、委託者の倉庫にある、物品・製品・成果物に関する損害まで、受託者が負担しなければなりません。
こうした、あまりにも委託者にとって有利な契約内容は、一般的な業務委託契約では規定しません。
ポイント
- 業務委託契約の目的物である物品・製品・成果物等の危険負担は、受託者から委託者に移転する。
- 委託者としては、遅い時期に危険負担が移転したほうがいい。
- 受託者としては、早い時期に危険負担が移転したほうがいい。
- 一般的な業務委託契約では、納入時か検査完了時に危険負担が移転する。
- 受託者としては、より早い方=納入時のほうが有利。
- 委託者としては、より遅い方=検査完了時のほうが有利。
【補足】改正民法により危険負担の規定は「債務者主義」から「債権者主義」へ
危険負担の考え方は債権者主義と債務者主義
民法における危険負担には、何らかの目的物の引渡しを請求できる債権について、債権者主義と債務者主義の2種類があります。
改正民法では、危険負担は、次のように改められました。
改正民法での危険負担の分類
- 債務者主義(改正民法第536条第1項):債務者が危険を負担する制度。債務者は、目的物が滅失・既存した場合、代金・報酬・料金・委託料を請求する権利はない。
- 債権者主義(改正民法第536条第2項、第567条第2項):債権者が危険を負担する制度。債権者は、目的物が滅失・毀損した場合、代金・報酬・料金・委託料を支払う義務がある。
業務委託契約でいえば、危険負担は、受託者が何らかの物品・製品・成果物等の目的物を引渡す契約内容の場合に、火災などの後発的な事由でその目的物が滅失してしまったときが該当します。
こうした場合、目的物の引渡しに関する債権者(委託者)がその損害を負担するのが、債権者主義であり、債務者(受託者)が負担するのが債務者主義です。
旧民法の危険負担は契約実務の実態に合っていなかった
旧民法における危険負担の規定は、企業間取引の実態と合っていない部分がありました。
また、契約内容や、契約の目的物によって、誰が危険負担を負うのかが、非常に複雑に規定されていました。
このため、改正民法では、危険負担について、通常の契約実務と同様に、目的物の引渡し前後で委託者から受託者に移転するように改められました。
ただし、すでに述べたとおり、危険負担の移転の時期について、目的物の引渡し=納入の時点以外(主に検査完了時)に変更するために、あえて業務委託契約において、危険負担の条項を規定することはあります。
ポイント
- 債権者主義とは、物品・製品・成果物の引渡しを請求できる債権者が危険を負担する制度。債権者は、目的物が滅失・毀損した場合、代金・報酬・料金・委託料を支払う義務がある。
- 債務者主義とは、物品・製品・成果物の引渡しをする義務がある債務者が危険を負担する制度。債務者は、目的物が滅失・既存した場合、代金・報酬・料金・委託料を請求する権利はない。
- 改正民法により、危険負担の規定は通常の契約実務に近い形で改められた。
- 業務委託契約では、危険負担の移転の時期を納入時以外(主に検査完了時)に変更するために、危険負担の移転の条項を規定することもある。
【補足】所有権の移転の時期について
危険負担の移転の時期と同様に問題となる契約条項に、所有権の移転の時期があります。
所有権の移転の時期は、危険負担の移転の時期とセットで考えられることが多い条項です。
所有権の移転の時期の詳しい解説につきましては、以下のページをご覧ください。
業務委託契約における危険負担の移転に関するよくある質問
- 危険負担とは何ですか?
- 危険負担とは、後発的な事由によって、目的物になんらかの損害が生じた場合における損害の負担のことです。
- 危険負担の移転の時期は、どの時点にするべきでしょうか。
- 業務委託契約における危険負担の移転の時期は、一般的には、「納入時」か「検査完了時」とします。なお、危険負担の移転の時期は、委託者にとっては遅いほうが有利であり、受託者=早いほうが有利となります。