業務委託契約では、知的財産権の取扱いが問題となることがあります。
このページで取扱う問題は、業務委託契約において委託業務の実施のために必要な委託者または第三者の知的財産権の利用許諾=ライセンスについてです。
また、特に委託者からの知的財産権のライセンスがある場合は、その知的財産権の改良によって発生した新たな権利の帰属の問題もあります。
こうした知的財産権のライセンスや改良発明について、業務委託契約書が作成されていなければ、その知的財産権の使い方や改良発明によって発生した新たな権利の処理を巡って、大きなトラブルとなることがあります。
そこで、このページでは、こうした業務委託契約における知的財産権のライセンスと改良発明についての概要を説明します。
なお、業務委託契約では、委託業務の実施によって発生した成果物の知的財産権の帰属や権利処理を巡って問題となることがあります。こちらにつきましては、別途「業務委託契約における成果物の知的財産権の帰属や権利処理のしかたとは?」をご参照ください。
【意味・定義】知的財産・知的財産権とは?
知的財産・知的財産権は、わかりやすく一覧表示にすると、次のとおりです。
【意味・定義】知的財産とは?
創造的活動により生み出されるもの
- 発明
- 考案
- 植物の新品種
- 著作物
商品または役務(サービス)の信用・ブランドのために表示するもの
- 商標
- 商号
事業活動に有用な技術上又は営業上の情報
- 営業秘密
【意味・定義】知的財産権とは?
知的財産権は、以下のものを含む、知的財産に関して法令により定められた権利又は法律上保護される利益に係る権利をいう。
- 特許権
- 実用新案権
- 育成者権
- 意匠権
- 著作権
- 商標権
これらの個々の知的財産・知的財産権の解説につきましては、以下のページをご覧ください。
業務委託契約における知的財産権の利用許諾=ライセンスの問題とは?
知的財産権のライセンスがある業務委託契約とは?
委託者から受託者への知的財産権のライセンスがある場合
業務委託契約において、知的財産権の利用許諾=ライセンスが問題なるのは、主に、委託者の知的財産権が受託者に対して利用許諾=ライセンスされる場合です。
特に、委託者が保有する、特許権(実用新案権)、意匠権、商標権、著作権、営業秘密を、受託者に対して利用許諾する業務委託契約があります。
よくありがちなパターンとしては、製造請負の業務委託契約で、委託者の特許権、意匠権、商標権の利用許諾を受けた受託者が、これらの知的財産権を使用して製品や部品を製造する場合です。
また、建設工事の業務委託契約でも、委託者の保有する特許権=施工方法の利用許諾を受けて、受託者が建設工事を施工する、ということがあります。
第三者から委託者または受託者への知的財産権のライセンスがある場合
この他、第三者の知的財産権の利用許諾=ライセンスを受ける業務委託契約が問題となる場合もあります。
これは、特に、ソフトウェア・システム・アプリの開発や、ウェブサイト・ウェブデザインの作成など、IT関係の業務委託契約で問題となります。
IT関係の業務委託契約では、既存のプログラムや素材を使わずに開発すること(いわゆる「フルスクラッチ開発」)は、あまりありません。
通常は、既存のプログラム・素材、具体的には、ライブラリ・モジュール・API・ノーコードツール・ローコードツールなどのコード類や、写真・画像などの素材を使用します。
こうしたプログラム・素材について、第三者が知的財産権を保有している場合は、その第三者との知的財産権の利用許諾=ライセンスが問題となることがあります。
委託者からのライセンスがある場合のポイント
委託者の知的財産権の利用許諾=ライセンス契約
委託者から受託者に対して知的財産権の利用許諾=ライセンスがある業務委託契約の場合、その契約は、一種のライセンス契約であるともいえます。
知的財産権のライセンスについては、それぞれの知的財産権に関する法律に、おおまかな内容が規定されています。
このため、知的財産権の利用許諾=ライセンスが含まれる業務委託契約書を作成する場合は、業務委託契約に関する専門知識に加えて、ライセンス契約や知的財産権に関する法律の専門知識も必要となります。
ライセンス契約は、契約実務の中でも、高度な専門知識が必要な契約です。
このため、委託者・受託者双方(特に委託者の側)とも、業務委託契約の締結にあたっては、慎重に対応しなけれなりません。
知的財産権のライセンスのしかたは5種類
知的財産権の種類にもよりますが、利用許諾・ライセンスのしかたは、通常は5種類あります。
まず、特許権・実用新案権・意匠権における「専用実施権」・商標権における「専用使用権」が1つです。
そして、特許権・実用新案権・意匠権における「通常実施権」・商標権における「通常使用権」と、営業秘密の利用許諾、著作権の使用(利用)許諾が、4種類あります。
以下は、特許権に関して、これらの5つのパターンを簡単にわかりやすくまとめた表です。
完全・非完全 | 独占的・非独占的 | |
---|---|---|
専用実施権 | 【完全】 ライセンサー=委託者は自己実施ができない。 | 【独占的】 ライセンサー=委託者はライセンシー=受託者以外の第三者に対して、実施権の設定・許諾ができない。 |
完全独占的通常実施権 | 【完全】 ライセンサー=委託者は自己実施ができない。 | 【独占的】 ライセンサー=委託者はライセンシー=受託者以外の第三者に対して、実施権の設定・許諾ができない。 |
非完全独占的通常実施権 | 【非完全】 ライセンサー=委託者は自己実施ができる。 | 【独占的】 ライセンサー=委託者はライセンシー=受託者以外の第三者に対して、実施権の設定・許諾ができない。 |
完全非独占的通常実施権 | 【完全】 ライセンサー=委託者は自己実施ができない。 | 【非独占的】 ライセンサー=委託者はライセンシー=受託者以外の第三者に対して、実施権の設定・許諾ができる。 |
非完全非独占的通常実施権 | 【非完全】 ライセンサー=委託者は自己実施ができる。 | 【非独占的】 ライセンサー=委託者はライセンシー=受託者以外の第三者に対して、実施権の許諾ができる。 |
これらの、都合5種類の利用許諾=ライセンスのうちから、業務委託契約の内容に応じて、適切なものを選んで規定します。
なお、特許権に関する利用許諾=ライセンスのしかたについては、詳しくは、以下のページをご覧ください。
委託者からのライセンスがある場合のポイント
IT関連の開発業務委託契約では特に重要
他方、第三者の知的財産権に関する利用許諾=ライセンスがある場合もまた、その第三者との契約関係はライセンス契約であるといえます。
特にありがちなのが、ソフトウェア・プログラム・システム・アプリなどの、IT関連の業務委託契約における、第三者ソフトウェア、オープンソースソフトウェア、フリーソフトウェアが第三者の著作権に関するライセンスです。
また、ホームページ作成業務委託契約における画像などの各種データ・素材も第三者の著作権といえます。
業務委託契約では、こうした第三者が保有する著作権に関して、委託業務を実施するために、その第三者と著作権に関するするライセンス契約を結ぶことがあります。
第三者の著作権の利用にはライセンスが必要
こうしたライセンス契約では、主に次のような問題があります。
第三者の著作物を利用する場合の問題
- 第三者の著作物の利用を決定する権利があるのは委託者・受託者のどちらか。
- 委託者と受託者のどちらが第三者とのライセンス契約の当事者となるのか。
- 著作物の利用にライセンス料(ロイヤリティ)が発生する場合は委託者・受託者のどちらが負担するのか。
- 第三者の著作物に問題があった場合に、その問題が原因で委託者に損害が出た場合は、委託者・受託者のどちらがその損害を負担するのか。
こうした点を業務委託契約で明らかにしておかないと、成果物の作成の際や完成した成果物を巡って、トラブルになります。
特に、IT関連の開発契約の場合は、使用する第三者ソフトウェア、オープンソースソフトウェア、フリーソフトウェア、ノーコードツール、ローコードツールの内容によって、成果物や仕様に大きな影響を与えます。
このため、こうした第三者の著作物を採用する際は、業務委託契約の内容とは別に、慎重に協議を重ねたうえで採用を決定するべきです。
画像・素材の使用や肖像権の処理が問題になることも
このように、業務委託契約で第三者の著作物の利用について決めておかないと、受託者が、(故意に、あるいは意図せずに)第三者の著作権等を侵害することがあります。
特に、画像、イラスト、人物の写真の無断使用などが該当します。
これらは、著作権の侵害になりますしますし、人物の写真については、肖像権(有名人の場合はパブリシティ権も)の侵害になります。
ですから、このような画像・イラスト・人物の写真などを使った成果物の作成に関する業務委託契約の場合は、こうした素材関係の取扱いについても、契約内容として規定しておきます。
この他、業務委託契約における著作権の取扱いについては、詳しくは、以下のページをご覧ください。
ポイント
- 業務委託契約では、委託者からの知的財産権のライセンスと第三者からの知的財産権のライセンスがある。
- 委託者からのライセンスでは、知的財産権のライセンスのしかたは5種類ある。
- IT関連の開発業務委託契約では、特に第三者からの知的財産権のライセンスに注意する
業務委託契約における改良発明の問題とは?
改良発明は主に特許発明の改良のこと
改良発明とは、特許権等のライセンス契約、または特許権等のライセンスがともなう製造請負契約・業務委託契約・取引基本契約で、受託者=ライセンシーが、その特許発明を改良した場合に発生する権利の帰属に関する問題のことをいいます。
ただし、これはあくまで一般的な意味であり、法的には、「改良発明」や「改良技術」は定義づけられていません。
改良発明の何が問題になるのかといえば、その改良発明になんらかの権利、特に「特許を受ける権利」が発生した場合、委託者=ライセンサーの権利になるのか、受託者=ライセンシーの権利となるのかが明らかでない、ということです。
また、特に委託者=ライセンサーの側が、ヘタにライセンス契約・業務委託契約の内容として、この権利の帰属を規定してしまうと、独占禁止法違反となるリスクもあります(後で解説します)。
そもそも改良発明が認められるのは2パターンしかない
【パターン1】ライセンス契約等の「技術の利用」における改良発明
よく誤解されがちですが、そもそも、改良発明が認められる、あくまでライセンス契約などの「技術の利用」に関する場合に限定された話です。
より正確には、委託者=ライセンサーによる改良発明の禁止が独占禁止法違反となるのが、ライセンス契約などの「技術の利用」に関する場合です。
ライセンサーがライセンシーに対し、ライセンス技術又はその競争技術に関し、ライセンシーが自ら又は第三者と共同して研究開発を行うことを禁止するなど、ライセンシーの自由な研究開発活動を制限する行為は、一般に研究開発をめぐる競争への影響を通じて将来の技術市場又は製品市場における競争を減殺するおそれがあり、公正競争阻害性を有する(注18)。したがって、このような制限は原則として不公正な取引方法に該当する(一般指定第12項)。
(注18)プログラム著作物については、当該プログラムの改変を禁止することは、一般的に著作権法上の権利の行使とみられる行為である。しかしながら、著作権法上も、ライセンシーが当該ソフトウェアを効果的に利用するために行う改変は認められており(著作権法第20条第2項第3号、第47条の2)、このような行為まで制限することは権利の行使とは認められない。
引用元: 知的財産の利用に関する独占禁止法上の指針第4 5 (7)(一部変更)
本指針は、知的財産のうち技術に関するものを対象とし、技術の利用に係る制限行為に対する独占禁止法の適用に関する考え方を包括的に明らかにするものである。
引用元: 知的財産の利用に関する独占禁止法上の指針第1 2
【パターン2】共同研究開発における研究成果の改良発明
また、ライセンス契約と同様に、共同研究開発契約においても、研究成果の改良発明の制限・禁止は、「不公正な取引方法に該当するおそれが強い事項」とされています。
イ 不公正な取引方法に該当するおそれが強い事項
[1] 成果を利用した研究開発を制限すること○ このような事項は、参加者の研究開発活動を不当に拘束するものであって、公正競争阻害性が強いものと考えられる(一般指定第一二項(拘束条件付取引))。
引用元: 共同研究開発に関する独占禁止法上の指針第2 2 (2) イ [1]
勝手に改良発明をするのは不正競争防止法違反
逆にいえば、ライセンス契約におけるライセンスの対象となった技術や、共同研究開発契約の成果物の改良以外では、受託者=ライセンシーは、勝手に委託者=ライセンサーの技術を改良してはいけません。
例えば、業務委託契約を結ぶ前の段階で、秘密保持契約を結んだうえで、委託者=ライセンサーから受託者=ライセンシーに対して、技術情報が開示されることがあります。
この技術情報を受託者=ライセンシーが勝手に改良すると、営業秘密を不正に使用したことになり、不正競争防止法違反となる可能性があります。
ただし、すでに特許が取得されている特許発明などの改良発明は、問題ありません(特許法第69条第1項等)。
なお、改良発明につきましては、詳しくは、以下のページをご覧ください。
改良発明の権利処理を間違えれば独占禁止法違反
また、改良発明の権利処理については、独占禁止法の適用対象となっています。
特に、委託者=ライセンサーによる、改良発明によって発生した権利を一方的に譲渡・移転させる行為(いわゆるアサインバック)は、独占禁止法違反(不公正な取引方法)となります。
同様に、委託者=ライセンサーによる、改良発明によって発生した権利を一方的に独占的ライセンスをさせる行為(いわゆるグラントバック)もまた、独占禁止法違反(不公正な取引方法)となります。
このため、特に委託者の側は、改良発明により発生した権利と取扱いについては、慎重に対処しなければなりません。
この点につきましては、詳しくは、以下のページをご覧ください。
ポイント
- 改良発明とは、主に特許権のライセンスにおける特許発明の改良のこと。
- 改良発明が認められるのは「技術の利用」の場合と共同研究開発における「成果の改良」の2パターンのみ。
- 特許権等の出願公開されている知的財産権以外を勝手に改良発明をするのは、原則として不正競争防止法違反となる可能性も。
- 改良発明によって発生した知的財産権は、独占禁止法の適用対象。このため、ヘタに処理すると、委託者=ライセンサーは独占禁止法違反となる。
業務委託契約における知的財産権のライセンス・改良発明に関するよくある質問
- 業務委託契約におけるのライセンスには、どのようなパターンがありますか?
- 業務委託契約における知的財産権のライセンスは、主に以下の5つのパターンがあります。
- 専用実施権
- 完全独占的通常実施権
- 非完全独占的通常実施権
- 完全非独占的通常実施権
- 非完全非独占的通常実施権
- 業務委託契約において知的財産権の改良発明があった場合は、どのような問題がありますか?
- 特許権等のライセンスがともなう製造請負契約・業務委託契約・取引基本契約では、受託者=ライセンシーが、その特許発明を改良した場合、改良によって発生した権利の帰属について、問題となることがあります。